
千葉の地で完成された北インドの正解
印度料理シタール
「麹町アジャンタ出身シェフが作る、バターチキンを看板にコース仕立てでも楽しめる千葉の本格インド料理店。」
千葉でこの店を知らずにカレーを語るのは、少し恥ずかしいことになる。印度料理シタール。千葉市にあるその店に足を踏み入れたとき、空気がすでにちがった。
麹町から千葉へ、受け継がれた仕事
オーナーシェフは、東京・麹町の名店アジャンタで腕を磨いた人物だ。アジャンタといえば、日本のインド料理の歴史を語るうえで避けて通れない店である。そこで培われた仕事の作法が、千葉のこの場所に根を張っている。
バターチキンがこの店の看板だということは知っていた。だが実際に口にするまで、その評判の意味が腑に落ちていなかった。スプーンを入れた瞬間のソースの粘度、鶏肉の火入れの均一さ、バターの香りが立ちながらも重さとして残らない後口。丁寧に裏ごしされ、長時間かけて煮詰められたであろうトマトの甘みが、乳製品のまろやかさと完全に溶け合っている。これは「バターチキンらしい味」ではなく、バターチキンがそもそも目指していたはずの状態だと思った。箸ではなくスプーンを持ったまま、しばらく動けなかった。
ナンの大きさと、テーブルの設計
運ばれてきたナンを見て、まず笑ってしまった。大きい。プレートからはみ出すほどの存在感で、焼きたてのそれは端まで均一に火が通り、表面に浮かぶ焦げ目が規則正しくなく、手で伸ばした生地の厚みのムラをそのまま残している。その不均一さが、機械ではなく人間がつくったものの証拠として皿の上にある。引きちぎると湯気が出た。
この店の組み立て方がおもしろいのは、バターチキン一品で完結させないところにある。サラダや一品料理を組み合わせることで、インド料理のコースとして構成できる。前菜的な皿から始まり、カレーで山を作り、最後まで飽きずに食べ続けられる流れがある。これは単にメニューが多いということではなく、テーブルの上に時間軸を設計しているということだ。飲食店をやっている立場で見ると、この設計に込められた意図の量に少し背筋が伸びる。
トリプルカレーセットを頼めば、三種のカレーを並べて食べ比べながらその違いを体で理解できる。カレーは言葉で説明するより食べながら比較するほうが圧倒的に伝わるという事実を、このセットは上手く使っている。どのカレーからナンを破って浸けるか考えながら食べる時間は、純粋に楽しい。
春に現れたゴアの海老
今年の春の季節メニューに、ゴア風シュリンプカレーがあった。ゴアはインド西海岸の州で、ポルトガルの植民地支配の影響を受けた独特の食文化を持つ地域だ。ここのシュリンプカレーは、ご飯との相性を軸に組み立てられていた。ナンではなくライスで食べることを前提とした設計で、ソースの水分量と酸味のバランスがそれを明確に示している。スパイスの組み合わせが北インドのカレーとは異なる系統で、口の中でまったく別の景色が広がった。季節限定というのが惜しいが、だからこそこの時期に来た価値がある。
料理の外側にあるもの
スタッフの動き方が、料理と同じ水準にある。押しつけがましくなく、かといって気配を消しているわけでもなく、お客がちょうど必要とするタイミングで必要なことが起きる。これは教育でつくれる部分と、その店が長年かけて積み上げた場の空気でしかつくれない部分がある。シタールにあるのは後者の匂いがした。
カレーを生業にしている者として、この店を前にすると妙に静かな気持ちになる。対抗心や悔しさというより、ちゃんとしたものを見たときに訪れる、あの静けさだ。千葉市に来ることがあれば、迷わずここに向かってほしいと思う。
店舗情報
印度料理シタール
千葉県千葉市〒262-0023 千葉県千葉市花見川区検見川町1丁目106−16
