
畑の声が聞こえる厨房
かっこう料理店
「更別村の自家栽培野菜を多彩な調理法で表現する完全予約制の和食店で、食材の質と料理精度が価格を大きく上回る一軒。」
北海道・更別村「かっこう料理店」――土と鍋と、それから花豆のこと
帯広から車を走らせて更別村へ。こんな場所にこんな店があるのかという驚きは、口に入れた瞬間にもっと大きな驚きに変わった。カレーとインド料理を長くやってきた人間として、野菜との付き合い方にはそれなりの目があるつもりだったが、「かっこう料理店」はその自信をあっさり揺るがしてきた。
ジャガイモのタラコから始まる予感
先付けとして出てきたジャガイモのタラコ金平を一口。この瞬間から、席に座ったまま背筋がざわっとした。たかが先付け、たかが金平ではない。火の入れ方、タラコの塩気の乗せ方、ジャガイモの質感の残し方、どれもが計算の外にある種の確信から来ている。これは最初の皿だ。この後にいったい何が出てくるのか。
かっこうサラダが運ばれてくると、それはもう色とりどりの野菜で皿が埋まっていた。北海道のこの季節に、これだけの色が一枚の皿に収まっている。緑、赤、黄、橙。素材が持っている色がそのまま皿に出ている状態で、手を加えすぎていない。ドレッシングで誤魔化していない。野菜そのものに任せた結果がこの密度だとすれば、素材の調達から皿までの距離が相当に短いはずだ。
南瓜と豆が炊きこまれた土鍋の前で
「野菜料理いろいろ」のプレートには、南瓜とオクラのフリット、ラタトゥイユ、ボテサラが並んだ。フリットの衣は薄く、南瓜の甘さが前に出ている。ラタトゥイユは煮崩れさせず、それぞれの野菜が独立した状態で共存していた。野菜料理を並べたプレートというのは、ややもすると脇役の寄せ集めになりがちだが、ここでは一品一品が明確な意図を持って皿に乗っていた。
土鍋ご飯は南瓜とかっこう畑のお豆で炊いたもの。炊きたての蓋を開けた瞬間の立ち上がりから、すでに違う。南瓜が溶け込むでもなく形を残すでもなく、ちょうど良い崩れ具合でご飯に混ざっている。豆の存在感もしっかりある。土鍋という道具の使い方、素材の投入タイミング、火の落とし方、全部がそのひと鍋に詰まっている。この仕上がりを出せる厨房は、そう多くない。
シナモンをまとった花豆の意味
「とかちごはん」という名のついたメニューの主菜は中札内若どりの梅照焼き。鶏の火入れは申し分なく、梅の酸が脂をうまく切っている。ゴーヤや獅子唐が添えられて、苦みが全体を引き締めていた。だがこの皿でいちばん手が止まったのは、シナモンで仕上げた花豆だった。
花豆にシナモンという組み合わせは、和食の文脈では異質に見えるかもしれない。だが食べると不思議と納得する。花豆の大ぶりな甘みとシナモンの乾いた香りが、この皿全体を「上品」という言葉に着地させていた。これは思いつきでやれることじゃない。何度も試して、この着地点を見つけた人間の仕事だ。
デザートは甘酒と豆乳で固めた寒天に有機抹茶を合わせたもの。甘さは自然の域を出ておらず、食後のお腹に対して正直な量と味だった。甘すぎず、薄すぎず、この一点だけでもデザートの設計力がわかる。
この食材はここでしか出せない
帰り道に頭の中でぐるぐると考えたのは、価格のことだった。東京の同じグレードの店で同じ内容を出せば、今日払った金額の数倍は取られる。だが問題は価格ではなく、この料理を東京に持っていけないという事実だ。かっこう畑の豆も、中札内の若どりも、この土地のこの季節のこの状態でしか存在しない。完全予約制で、この場所で、この規模でやっていることには必然がある。
野菜の調達から調理の判断、土鍋の火加減、花豆のシナモン仕上げ、デザートの甘さの設計まで、「かっこう料理店」の厨房には一貫した思想がある。女性のお客に圧倒的に支持されるだろうことは容易に想像できるが、飲食に関わる人間であれば、性別や専門ジャンルに関係なく、この店が何をやっているかを見ておく価値がある。素材と火と土鍋だけで、これだけのことができるという事実を、この更別村まで来て確認した。
店舗情報
かっこう料理店
北海道更別村〒089-1552 北海道河西郡更別村勢雄317−8
