
海と土と、脳をオフにする午後
RANGUDOSHA
「千葉・鋸南町の海辺で、インドの伝統技法と地元農産物を組み合わせたカレーと揚げたてコロッケを味わえる一軒。」
千葉の南端、房総の鼻先といってもいい鋸南町の海辺に、こんな店が存在するのかと思った。大六海岸の波音が聞こえてくるような位置に立つ、元漁師小屋を改装した建物。看板にはRANGUDOSHAとある。夫婦で営むこの屋号はもともと楽器修理の仕事から来たもので、カレーとコロッケの店としての名前は別に3103croquette、「サンイチゼロサンコロッケ」という。名前だけ聞いてもどんな店か見当もつかないが、それがまたいい。

海と土の匂いがカレーになっている
シェフはキッチンスタジオペイズリーの香取薫氏に師事した人物で、インドの伝統的な調理の考え方をきちんと身体に入れた上で、千葉の農産物と向き合っている。その結果として出てくるカレーは、「インド風」でも「房総風」でもなく、この場所でしか作れないものになっている。
辛くあるべきものは辛い。これは当たり前のようで、じつは相当な覚悟がいることで、多くの店が辛みを丸めるか、辛みを演出としてだけ使う。ここのカレーにはそういった誤魔化しがない。パリッとした辛さが舌に当たり、それが口の奥へ広がっていく過程がきちんとある。一方で優しくあるべきカレーは、素直に優しい。スパイスの重さで素材を潰さず、野菜の甘みや水分がそのままカレーの一部として生きている。ひとつの哲学として成立していると感じる部分で、インドの伝統的な手法を学んだ人間が千葉の素材と向き合い続けた時間が、皿の上に出ている。

揚げたてが出てくるという当然の贅沢
コロッケは注文を受けてから揚げる。常時8種類ほどがラインナップに並び、甘いあんこやクリームが入ったデザートコロッケまである。コロッケという料理は揚げたてと作り置きの差が圧倒的に大きい食べ物で、衣の水分の逃げ方と中の温度がまるで変わってしまう。それを注文ごとに揚げるという仕組みを海辺の小さな店で実現しているのは、たいした話だと思う。
レギュラーメニューのごぼうコロッケは、齧った瞬間にごぼうの持つ土の香りがはっきりと広がる。加熱することでごぼうの香りが消えてしまう失敗は家庭でもプロの厨房でも起きるが、ここのごぼうコロッケはその香りを逃がしていない。素材の扱いとして、これは見ておく価値がある一皿だった。

カレーとコロッケは別々に食べるだけでなく、コロッケをカレーにトッピングするという組み合わせもできる。さらに、鋸南町のばんぱんさんが作るパンに挟んでサンドにすることも可能で、食べ方の選択肢が広い分だけ、訪れるたびに違う体験になる。手作りのシロップを使った季節のソーダも人気があり、昼間の海辺でそれを飲んでいる時間は、なかなか他では代えがたい。
脳みそをオフにできる場所
目の前は大六海岸の海水浴場で、海を見ながら食べることができる。飲食業の人間として言うと、ロケーションが食体験の一部になっている店は珍しくないが、ここはロケーションとカレーとコロッケとソーダの全部が過剰にならず、それぞれが適切な音量で並んでいる。夫婦で営む小さな店だからこそ出せる、バランスのとり方だと思う。
急いで食べて帰ってくるような場所ではない。時間に余裕を持って、海の前でぼんやりとした時間ごと楽しんでほしい。料理の技術を観察しながら、同時に何も考えずに座っていられる。そういう場所は、実際のところそれほど多くない。千葉の南の端まで来てよかったと思わせる店だった。

店舗情報
RANGUDOSHA
千葉県鋸南町日本、〒299-1909 千葉県安房郡鋸南町大六
