女将が作る、ちょうどいい敷居
立呑みパラダイス
「海鮮メニューに定評があり、女将的スタッフの人柄で常連を引き寄せる札幌の立ち飲み一軒。」
札幌の飲み屋街を歩いていると、のれんをくぐるのに少し勇気がいる店に出くわすことがある。暗い照明、知らない顔ばかりのカウンター、常連だけが知っているルール。そういう空気が好きな人もいるが、立ち飲みという業態がなかなか広がらない理由のひとつに、その「敷居」があると思っている。立呑みパラダイスは、その敷居をうまく取り払っていた。
間口を広げる、空間の作り方
店に入ってまず目に入るのが、立ちテーブルの存在だった。カウンターだけの立ち飲み屋は、一人か、すでにグループで来た人間向けの設計になりやすい。だが立ちテーブルがあると、複数人で来て好きな向きで飲める。会話の方向が自由になる。小さな違いに見えて、これは間口の広さに直結している。
札幌の飲み屋街には、立ち飲みという文化がまだ十分に根付いているとは言いがたい。東京や大阪に比べると、立って飲む場所そのものが少ない。だからこそ、カウンターと立ちテーブルを併設してさまざまな使い方に対応している設計は、初めて来る人間を自然に受け入れる力を持っている。どこに立てばいいかわからないという迷いが、生まれにくい。
しめ鯖が教えてくれること
立ち飲み屋のつまみに、どこまで手をかけるか。これは店の姿勢が正直に出る部分だと思っている。酒が売れればよいという発想の店は、つまみがおざなりになる。ここのしめ鯖は、そういう妥協をしていなかった。
締め具合が丁寧だった。酢が立ちすぎず、鯖の脂と旨みがきちんと残っている。皮目の光り方、身の締まり方から、素材の選定と漬け時間の管理が行き届いていることが伝わった。寿司屋でしめ鯖を扱う身としては、こういう仕事を立ち飲み屋のカウンターで見ると、思わず箸を持ち直してしまう。気軽な場所だからこそ、手が抜けないという意識があるのだと思う。つまみのレベルが高いと、酒の飲み方が変わる。ゆっくり飲むようになる。それが結果として、店での滞在を豊かにしている。
女将の存在が場をつくる
どれだけ空間を整えても、人が場をつくる部分は大きい。スタッフの中に、女将と呼びたくなる方がいた。
親しみやすさ、という言葉では少し足りない。話しかけるタイミングが自然で、距離の詰め方に嫌みがない。初めて来たのに、長く通っているような感覚にさせてくれる。立ち飲みという業態は回転が速い分、スタッフとお客様の関係が表面的になりやすい。だがあの女将的な存在がいることで、この店には「また来たい」と思わせる軸ができている。飲食店において人件費は圧力になりやすいが、こういう人材がカウンターに立っているということの価値は、数字には出にくい。それでも確かにある。
酒場として、正直な場所
立呑みパラダイスという店名は、少し冗談めかして聞こえるかもしれない。だが実際に足を運んでみると、この名前は誇張ではなかった。空間の設計、つまみの質、人の温かさ、それぞれが別々に存在しているのではなく、ひとつの場所として一体になっている。
札幌でこれだけ入りやすく、かつ飲み手に誠実な立ち飲み屋はそう多くない。業態として立ち飲みを考えている方には、一度ここのカウンターに立ってみることを勧めたい。見るべきものが、確かにある。
店舗情報
立呑みパラダイス
北海道札幌市日本、〒060-0004 北海道札幌市中央区北4条西4丁目1 札幌国際ビル B1F
