牛込柳町のポツダム宣言
食鳥 伍ノ捌 (ショクチョウ ゴノハチ)
「全国の地鶏を仕入れて目の前で捌き、焼きたてで提供する牛込柳町の焼鳥店。価格と質のバランスが際立つ一軒。」
食鳥 伍ノ捌|牛込柳町に終戦記念日が来た
東京の焼鳥シーンを長く見てきた人間なら、どこかで感じているはずだ。高級路線がある時期からひとつの方向に収斂し、値段の高さと希少性が先行して、肝心の皿の上がそれに追いつかないことが増えたという感覚を。炭火・地鶏・コース、その三点セットがあれば高級焼鳥の看板を掲げられる時代になって、正直なところ、どこで食べても似たような着地点に落ち着くようになっていた。だから新宿区牛込柳町のこの店に足を踏み入れたとき、何かが違うとすぐにわかった。違う、というより、ここで終わった、という感覚だった。
捌く、という出発点の違い
伍ノ捌が他の店と決定的に異なるのは、全国から集めたこだわりの地鶏を目の前で捌くところから始まるという事実だ。焼鳥の店ではないから、料理は串に刺さった形では出てこない。多くの高級焼鳥店がすでに処理された状態で届いた食材を串に刺して焼くという仕事をしているのに対して、この店はもっと前の段階から始まっていて、素材をどう切り分け、どう皿に仕立てるかという判断が厨房の中心にある。捌くという工程が厨房の中に組み込まれているということは、部位の状態を自分の目と手で確認できるということであり、その日の素材に合わせた取り方や火入れの判断を都度できるということだ。食材の鮮度と品質に対してここまで真摯に向き合っている店は、東京でもそう多くない。
地鶏は一羽一羽、品種や育ち方によって肉質の密度も脂の乗り方も違う。産地や飼育環境によって筋繊維の走り方まで変わってくる。そうした素材の固有性を最大限に引き出すには、捌いた直後の状態をしっかり見極めてから火に向き合う必要がある。伍ノ捌の料理が、ただ焼かれているのではなくきちんと仕事されていると感じるのは、おそらくその積み重ねの結果だ。焼きたてで出てくる一皿一皿が、素材の状態を起点に組み立てられた仕事として手元に届く。箸を入れた瞬間の肉の抵抗感、表面のごくわずかな焦げの層の薄さ、そして中心部に残る水分の豊かさは、火入れの精度が高い店でしか出せないものだ。
酒と料理が同じ高さに立っている
飲み物の質もこの店の話をするうえで欠かせない。美味しい地鶏と美味しいお酒が揃っているという、当たり前のように聞こえることが実は当たり前ではない。料理に力を注いだ先が食材だけになると、酒は添え物のように扱われる。逆に自然派ワインや日本酒に特化しすぎると、今度は料理との相性より酒の個性が前に出すぎて食事としてのバランスが崩れることがある。伍ノ捌はその両方を同じ高さに揃えていて、料理を食べながら酒を飲むという行為が、どちらかの引き立て役に堕ちることなく、ひとつの体験として完結している。酒の選択肢が料理の流れと呼応しているという感覚は、食事全体のリズムをつくるうえで重要で、ここはそれを分かっている。
値段が正直な店だということ
そして価格だ。一部の高級焼鳥店が材料費の高騰を理由に、あるいはブランディングの一部として価格を際限なく引き上げていくなかで、伍ノ捌は「程よい値段」という地に足のついた立ち位置を守っている。鶏業界全体が高騰を続けているのは事実で、こだわりの地鶏を全国から仕入れるコストは決して低くない。それにもかかわらず現実的な価格帯に収まっているということは、どこかで無理をしているのではなく、利益構造と素材調達と仕事のバランスを正直に組み上げているということだと思う。値段が正直な店は、総じて仕事も正直だ。そういう店は、長く続く。
東京の高級焼鳥戦争は、おそらくここで終わった。競い合っていたものが何だったかを問い直させる一軒が、牛込柳町という少し静かな場所に静かに存在している。この店を訪れた日を、私は終戦記念日と呼んでいる。
店舗情報
食鳥 伍ノ捌 (ショクチョウ ゴノハチ)
東京都新宿区日本、〒162-0061 東京都新宿区市谷柳町9 DeLCCS市谷柳町 2F
